経営者の仕事とは、何でしょうか。
朝から晩まで現場を駆け回り、細かな判断まですべて自分で下し、気づけば1日があっという間に終わっている。
そんな毎日を過ごしていませんか。
社員に任せたいのに、結局自分がやったほうが早いと抱え込んでしまう。
そんな感覚に心当たりがある方は、きっと少なくないと思います。
私自身、2代目経営者として会社を引き継いだ当初、同じように悩んだ経験があります。
現場のことは誰よりも把握していたい、細部までこだわりたい。
そう思えば思うほど、自分の予定表は真っ黒になり、管理職や社員に「任せる」という選択肢がどんどん遠のいていきました。
この記事では、経営者の仕事が多すぎる会社で実際に何が起きるのか、そしてなぜ管理職や次世代リーダーが育ちにくくなるのかを整理したうえで、経営者が本来向き合うべき仕事とは何かを、建築の視点も交えながらお伝えします。
読み終える頃には、ご自身の仕事の範囲を見直すヒントが見つかるはずです。
経営者の仕事とは
まず、経営者の仕事とは何なのか、そもそもの部分から一緒に考えてみましょう。
「経営者の仕事」と聞くと、多くの方が「会社を動かすこと」「現場を回すこと」をイメージするのではないでしょうか。
もちろん、それも間違いではありません。ですが、経営者の本来の仕事は、もう少し違う場所にあると私は考えています。
経営者が担うべき3つの役割
経営者が担うべき役割は、大きく分けると3つに整理できます。
1つ目は、判断することです。
会社の進む方向や、迷ったときにどちらを選ぶかを決めるのは、経営者にしかできない仕事です。
2つ目は、人を育てることです。
社員一人ひとりが持っている力を引き出し、成長できる環境をつくることも、経営者の重要な役割です。
3つ目は、組織の方向を決めることです。
会社全体がどこに向かっているのかを示し、社員が同じ方向を見て動けるようにすることです。
こうして整理してみると、経営者の仕事は「自分が動くこと」ではなく、「判断すること」「人を育てること」「方向を決めること」だとわかります。
現場を動かすことは、経営者の仕事の一部であって、すべてではないのです。
中小企業ほど経営者の仕事が増えやすい理由
とはいえ、中小企業の経営者ほど、この3つの役割以外の仕事に時間を取られがちです。
それはなぜでしょうか。
理由の一つは、分業や権限委譲の仕組みが整っていないことにあります。
大企業であれば、営業・経理・製造といった機能ごとに責任者がいて、それぞれの判断範囲がある程度決まっています。
ところが人数の少ない中小企業では、「誰かに任せる」という仕組み自体がまだ育っていないことが多いのです。
その結果、営業の見積もりも、備品の発注も、社員の相談ごとも、すべてが経営者のところに集まってきます。
私も創業間もない頃は、電話が鳴るたびに自分が出て、社員からの質問にもすべてその場で答えていました。
今振り返ると、それは経営者として頼りにされている実感がある一方で、組織としては誰も育っていない状態だったのだと思います。
さらに、中小企業では経営者と社員の距離が近いことも、仕事が集中しやすい理由の一つです。
距離が近いこと自体は、決して悪いことではありません。
ですが、「社長がすぐそばにいるなら、聞いてから動いたほうが安心だ」という空気が社内に広がると、社員は自分の判断で動く前に、無意識のうちに経営者の顔色をうかがうようになってしまいます。
組織の規模が小さいからこそ、意識して仕組みをつくらなければ、自然と経営者への一極集中が進んでしまうのです。
経営者が現場に入り続けることの限界
経営者が現場に入り続けることには、当然限界があります。
時間は誰にとっても1日24時間しかありません。
現場対応に時間を使えば使うほど、判断や人材育成に使える時間は減っていきます。
建築の現場監督としての経験から、よくお伝えする例え話があります。
建物を設計する人は、自らクギを打つことはありません。
しかし、建物全体の構造がどうなっているか、どこにどんな力がかかり、どう支えられているかについては、誰よりも責任を持っています。
現場でクギを打つ人と、構造全体に責任を持つ人の役割は、そもそも違うのです。
経営者も同じではないでしょうか。
すべての現場作業を自分でこなすことよりも、会社という建物全体の構造と方向性に責任を持つことのほうが、本来の役割に近いのだと思います。
経営者の仕事が多すぎる会社で起きる問題
ここまで、経営者が本来担うべき役割について整理してきました。
では、経営者が仕事を抱え込みすぎると、会社にはどのような問題が起きるのでしょうか。
すべての判断が経営者に集まる
経営者が仕事を抱え込む会社では、あらゆる判断が経営者のところに集まってきます。
小さな備品の購入から、取引先への対応まで、「社長に聞かないと決められない」という状態です。
こうなると、経営者が出張や外出で不在になったとたん、会社の動きが止まってしまいます。
「社長が帰ってくるまで待とう」という空気が社内に流れ、意思決定のスピードは大きく落ちてしまうのです。
これは、経営者にとっても決して楽な状態ではありません。
休日にスマートフォンが鳴るたびに気になってしまい、旅行中も頭の片隅で仕事のことを考え続けている。
そんな経験がある方も多いのではないでしょうか。
判断が経営者に集中する状態は、社員だけでなく経営者自身も疲弊させてしまうのです。
社員が自分で考えなくなる
判断が経営者に集まり続けると、社員は次第に自分で考えることをやめてしまいます。
どうせ最終的には社長が決めるのだから、と考えることをやめてしまうのは、ある意味で自然な反応かもしれません。
私も経験がありますが、良かれと思ってすべての判断に口を出していると、社員から相談される内容がだんだん「どうすればいいですか」という丸投げの質問ばかりになっていきます。
これは社員が悪いのではなく、そういう関わり方を経営者自身がつくってしまっているということなのだと思います。
管理職や右腕が育ちにくくなる
そして最も深刻なのが、管理職や右腕となる人材が育ちにくくなることです。
判断する機会を与えられなければ、判断力は育ちません。
任される経験を積めなければ、責任を持つ感覚も身につきません。
役職としては「課長」「部長」という肩書きがあっても、実質的な判断はすべて経営者が行っている。
そんな会社は、実は少なくないのではないでしょうか。
経営者が抱え込む会社で管理職が育たない理由
ここからは、前のセクションで触れた問題のうち、特に「管理職が育たない理由」について、もう少し深く掘り下げてみたいと思います。
役職だけ与えても判断力は育たない
管理職に昇格させれば、自然とリーダーとしての判断力が身につく。
そう考えている経営者の方は、意外と多いのではないでしょうか。
しかし、役職と判断力は、必ずしもイコールではありません。
判断力は、実際に判断する経験を重ねることでしか育っていきません。
肩書きを与えるだけで、判断の機会そのものを経営者が握ったままでは、いつまで経っても「名ばかり管理職」の状態が続いてしまいます。
経営者が失敗を先回りして防いでしまう
もう一つ、見落とされがちな理由があります。
それは、経営者が管理職の失敗を先回りして防いでしまうことです。
「そのやり方だと失敗するな」と気づいた瞬間に、つい口を出してしまう。
これは経営者としての優しさや責任感の表れでもあるのですが、結果として管理職が失敗から学ぶ機会を奪ってしまっているのかもしれません。
「艱難、汝を玉にす」ということわざがあります。
困難や苦労を乗り越えることで、人は磨かれ、成長していくという意味です。
逆境の中でこそ人は本質的な力を発揮するという考え方は、東洋思想が大切にしてきた視点にも通じるものだと感じています。
失敗を先回りして防ぐことは、部下を守っているようで、実は成長の機会を奪っているのではないか。
私自身、そう気づかされた経験が何度もあります。
もちろん、会社に致命的なダメージを与えるような失敗まで見過ごす必要はありません。
ですが、取り返しのつく範囲の失敗であれば、あえて任せて、そこから学んでもらうという姿勢も大切なのではないでしょうか。
プレイヤーの延長で管理職を任せている
もう一つよくあるのが、プレイヤーとして優秀だった人を、そのまま管理職にするというケースです。
営業成績がよかったから、技術力が高かったからという理由で昇格させたものの、マネジメントの経験や訓練の機会がないまま、いきなり部下を持たせてしまう。
プレイヤーとしての仕事と、管理職としての仕事はまったく別のスキルです。
優秀なプレイヤーが、優秀な管理職になれるとは限らないという前提に立って、育成の機会を用意することが必要だと思います。
実際、プレイヤーとして結果を出してきた人ほど、部下に仕事を任せることに苦手意識を持つ傾向があります。
「自分でやったほうが早いし、質も高い」という感覚が染みついているため、任せることがかえって非効率に感じられてしまうのです。
ですが、管理職の本来の役割は、自分がプレーすることではなく、チーム全体の成果を最大化することにあります。
この視点の転換ができるかどうかが、プレイヤーから管理職への移行における最大の分かれ道だと私は感じています。
経営者が本来向き合うべき仕事
ここまでの問題提起を踏まえて、経営者が本来、時間とエネルギーを使うべき仕事について整理していきましょう。
会社の方向性を決める
経営者にしかできない、最も重要な仕事の一つが会社の方向性を決めることです。
何を大切にし、どこを目指すのか。この軸がぶれてしまうと、社員はどんなに頑張っても、正しい方向に力を注げなくなってしまいます。
方向性を決めるというのは、単に売上目標を掲げることではありません。
何のためにこの会社が存在しているのか、どんな価値を社会に届けたいのかという、もっと根っこの部分を示すことです。
この軸さえしっかりしていれば、日々の細かい判断は多少ぶれても、会社全体として大きく道を外れることはありません。
人が育つ環境をつくる
2つ目は、人が育つ環境をつくることです。
判断を任せる、失敗を許容する、振り返りの機会を用意する。
こうした環境づくりそのものが、経営者にしかできない仕事なのです。
中村天風の教えをはじめとする東洋思想には、積極的な心の持ち方が人の可能性を引き出すという考え方が繰り返し語られています。
経営者が社員の可能性を信じているかどうかは、日々の関わり方に必ず表れます。
「この人ならできる」と信じて任せる姿勢そのものが、人が育つ環境の土台になるのではないでしょうか。
逆に、「どうせ任せても無理だろう」という前提で接していると、その空気は不思議と社員にも伝わってしまうものです。
社長がいなくても回る仕組みを整える
3つ目は、社長がいなくても会社が回る仕組みを整えることです。
経営者が長期で不在になっても、判断が止まらない状態をつくっておくことは、会社の継続性という意味でもとても重要です。
これは後継者にとっても、意識しておきたい視点です。
事業を引き継ぐときに本当に必要なのは、経営者個人のスキルや人脈をそのままコピーすることではありません。
「何を自分が引き継ぎ、何を仕組みとして残すか」を見極めることこそが、後継者にとっての大きな仕事になるのではないでしょうか。
建築の世界では、建物は「基礎」「骨組み」「仕上げ」という順番で作られていきます。
基礎がしっかりしていなければ、どんなに立派な仕上げをしても、建物は長持ちしません。
経営者の仕事も同じで、基礎(会社の方向性)と骨組み(人が育つ仕組み)にこそ、時間を使うべきなのだと思います。
仕上げの部分、つまり日々の細かい現場対応は、育った管理職や社員に任せていく。
それが、長く続く会社をつくる構造なのではないでしょうか。
経営者が仕事を手放すときの落とし穴
ここまで読んで、「よし、仕事を任せていこう」と思われた方もいるかもしれません。
ただ、任せることには、いくつか落とし穴があります。
「任せる」と「丸投げする」は、似ているようでまったく別のものだからです。
任せる範囲を決めずに渡してしまう
一つ目の落とし穴は、任せる範囲を明確にしないまま渡してしまうことです。
「あとはよろしく」とだけ伝えて、具体的にどこまでの判断を任せるのかを共有しないと、任された側はどこまで自分で決めていいのかわからず、結局こまめに確認しに来ることになります。
これでは、任せたつもりでも、実質的には何も変わっていません。
判断基準を共有しないまま任せてしまう
2つ目は、判断の基準を共有しないまま任せてしまうことです。
何を優先し、どこまでのリスクなら許容できるのか。
この基準がすり合っていないと、任された側が下した判断に対して、あとから「それは違う」とやり直しを命じることになりかねません。
これを繰り返すと、任された側は「どうせまた否定される」と考え、自分で判断すること自体を怖がるようになってしまいます。
任せた後の振り返りがない
3つ目は、任せた後の振り返りがないことです。
任せっぱなしにして、うまくいったのかどうかを一緒に確認しないままでは、任された側は自分の判断が正しかったのかを学ぶ機会を失ってしまいます。
うまくいった点も、うまくいかなかった点も、一緒に振り返ることで、次の判断の精度が上がっていきます。
「任せる範囲」「判断基準」「振り返り」。
この3つがセットになって、初めて『任せる』は機能するのだと思います。
私自身、これらを意識せずに任せてしまい、あとになって「思っていたのと違う」と感じたことが何度もあります。
しかし、それは任された側の責任ではなく、任せる側である経営者の準備不足によるものでした。
任せることは、渡した瞬間に終わりではなく、渡す前の準備と、渡した後の関わり方までを含めた一連のプロセスなのだと、今では考えています。
経営者の仕事を整理し、人が育つ会社に変えるには
最後に、ここまでの内容を踏まえて、経営者に集中している仕事を、管理職や次世代リーダーが担える状態へと移していくための考え方を整理します。
経営者だけで抱え込まない状態をつくる
まず大切なのは、経営者一人で抱え込まない状態をつくることです。
すべてを自分でやろうとするのではなく、「これは自分にしかできない仕事」と「誰かに任せられる仕事」を分けて考えてみることから始めてみましょう。
管理職や次世代リーダーを育てる仕組みを整える
次に、管理職や次世代リーダーを育てる仕組みを整えることです。
権限委譲のルールを明確にしたり、判断の結果を正当に評価する制度を整えたりすることで、任せることが「なんとなく不安な行為」から「会社の仕組みとして機能するもの」に変わっていきます。
社内だけで育成の仕組みをつくるのが難しいと感じる場合は、外部の人材育成プログラムを活用するという選択肢もあります。
経営者自身が現場を離れて、育成に集中できる時間をつくること自体が、会社にとって大きな一歩になるのではないでしょうか。
社内だけで育成を完結させようとすると、どうしても「経営者自身のやり方」を教える形になりがちです。
それも大切なことではあるのですが、外部の視点やプログラムを取り入れることで、管理職や次世代リーダーが、経営者とは違う言葉で経営や組織を学ぶ機会を持てるようになります。
第三者から学ぶことで、経営者に対しても率直な意見を言いやすくなるという副次的な効果も期待できます。
組織の状態を見える化して改善につなげる
最後に、組織の状態を見える化することです。
誰にどれだけ判断が集中しているか、どの業務が特定の人に属人化しているか。
こうした状態を可視化することで、初めて「どこから手放していくべきか」が具体的に見えてきます。感覚だけで「任せよう」と思うより、現状を見える化したうえで一つずつ整理していくほうが、着実に進めることができます。
まとめ|経営者の仕事を見直し管理職が育つ会社へ
最後に、この記事のポイントを振り返ってみましょう。
1つ目は、経営者の仕事は「動くこと」ではなく、「判断すること・人を育てること・仕組みをつくること」だということです。
2つ目は、経営者の抱え込みこそが、管理職が育たない一番の原因になっているということです。
役職を与えるだけでなく、判断の機会そのものを渡していくことが欠かせません。
3つ目は、仕事を手放すには「任せる範囲」「判断基準」「振り返り」の3点セットが必要だということです。
この3つが揃って初めて、「任せる」は組織にとって意味のあるものになります。
すべてを自分でやろうとしなくても、会社は前に進みます。
むしろ、経営者が判断と育成と仕組みづくりに集中できたとき、会社は経営者一人の力を超えて成長していくのではないでしょうか。今日から少しずつ、ご自身の仕事の棚卸しを始めてみませんか。
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