「自分の次に、この会社を任せられる人が育っていない」。中小企業の経営者から、こうした言葉を伺うことがあります。「経営人材の育成」と検索して出てくる記事の多くは、人事部が幹部候補を選び、計画的に育てる大企業の進め方を前提にしています。
一方、中小企業では人事部がなく、育てる対象になる人は1人から数人。育てる側は社長自身で、第一候補は後継者であることが少なくありません。
この記事では、経営人材とは何かを、管理職との違いから整理します。本題では、中小企業で後継者や幹部候補がなかなか育たない「4つの壁」と、それを乗り越えるために経営者が取り組む「5つのステップ」を解説します。あわせて、社内で育成する場合と社外の場を活用する場合の使い分けや、候補者が経営者として成長していくために必要な環境についてもご紹介します。
経営人材の育成とは?管理職の育成と何が違うのか

経営人材の育成とは、会社全体の結果に責任を持ち、方針を決めて実行を導く人を育てることです。管理職の育成の延長線上にあるようで、求められる視点が根本から変わります。
経営人材とは「会社全体の結果に責任を持つ人」
管理職は、任された部門の目標を、決められた方針の中で達成する人です。経営人材は、その方針そのものを決め、会社全体の結果に責任を負います。両者の違いを4つの観点で整理すると、次のようになります。
| 観点 | 管理職 | 経営人材 |
|---|---|---|
| 見る範囲 | 自部門の業務と部下 | 会社全体と、お客様・取引先・地域 |
| 時間軸 | 今期・今月の目標 | 3年後、10年後の会社の姿 |
| 責任の持ち方 | 決められた方針を達成する | 方針を決め、結果を引き受ける |
| 判断の基準 | 上位方針とルール | 会社の理念と、自分の価値観 |
村上経営研究所が中小企業のご支援を中心にしてきた立場から申し上げると、この違いは肩書きでは決まりません。部長の立場でも、会社全体を見て判断し、その結果を引き受けている人は、すでに経営人材の入り口に立っています。逆に、取締役の肩書きがあっても、自部門の数字だけを見て判断を社長に委ねているなら、育成はまだこれからです。
中小企業で経営人材にあたるのは後継者・役員・幹部候補
大企業では、人事部が数十人の候補者を選び、数年かけて経営層へ引き上げる仕組みを持っています。
中小企業で経営人材として育てる対象になるのは、後継者、役員、そして次の幹部候補です。後継者は、次の社長になる人です。ご子息やご親族のこともあれば、長く会社を支えてきた番頭格の社員のこともあります。幹部候補は、将来の役員や部門長として期待されている人です。役員であっても、会社全体の判断をまだ社長に委ねているなら、育成の対象に入ります。
この記事では、こうした育成の対象になる人をまとめて候補者と書きます。候補者が少ない会社ほど、一人ひとりにどう関わるかが、そのまま会社の将来を左右します。
なぜ今、中小企業に経営人材の育成が求められるのか
経営人材の育成が急がれる背景には、中小企業に共通する3つの事情があります。
- 後継者が決まっていない:社長の年齢が上がる一方で、誰に引き継ぐかが決まっていない会社は少なくありません。決まっていても、引き継ぐ準備が始まっていないことがあります
- 社長一人に判断が集中している:受注、採用、資金、トラブル対応まで社長が決めている会社では、社長が動けなくなった瞬間に会社が止まります
- 環境の変化が速い:人手不足、価格の見直し、取引先の世代交代など、判断を迫られる場面が増えています。社長一人の経験だけでは追いつきにくくなっています
いずれも、社長が元気なうちは表に出にくい問題です。だからこそ、余裕のある時期に育て始めた会社と、必要に迫られてから慌てた会社とで、差が開きます。
中小企業で経営人材が育たない4つの壁

後継者や幹部候補が育たない会社には、共通する壁があります。本人の資質より先に、次の4つのどれに当てはまるかを確かめてみてください。
壁①「誰を育てるか」を決めていない
「いずれ誰かに任せたい」と思いながら、誰を育てるかを決めていない状態です。候補者を決めると、周囲との関係や本人の反応が気になり、先延ばしにしたくなります。しかし、決めない限り、任せる経験も対話も始まりません。
「候補は複数いてもよい」「途中で変わってもよい」と考えると、決めやすくなります。決めないことが、いちばん時間を失います。
壁② 管理職までの育成で止まっている
現場の仕事ができ、部下をまとめられる人を「次の経営者候補」と見なしている状態です。管理職として優秀であることと、会社全体の結果に責任を持てることは別の力です。部門の目標達成に長けた人ほど、自部門の視点から抜け出しにくいことがあります。
「自部門の利益」と「会社全体の利益」がぶつかる場面で、どちらを取るか。この判断を経験させない限り、管理職の育成は経営人材の育成にはなりません。
壁③ 社長が判断を手放せず、経験の場がない
候補者を決めても、大事な判断は社長がすべて下している状態です。社長にとっては自分で決めた方が早く、失敗も防げます。しかし、候補者は「決めて、結果を引き受ける」経験を積めないまま、年齢だけを重ねます。
経営人材は、判断の経験でしか育ちません。社長が手放す判断を意図的につくることが、育成の中心になります。
壁④ 研修に出して終わりで、現場の変化を確かめていない
外部の研修やセミナーに送り出したものの、帰ってきた後に何が変わったかを確かめていない状態です。研修は、きっかけにはなりますが、それだけで人は変わりません。学んだことを現場で試し、うまくいかなかった点を社長と話し、また試す。この往復があって初めて、行動が変わります。
「行かせた」で満足せず、「戻ってから何が変わったか」を見る。その視点がないと、研修の費用と時間は積み上がっても、経営人材は育ちません。
後継者・幹部候補の育成で実際に多いご相談
4つの壁は、経営者の方からのご相談の中に、次のような言葉で表れます。村上経営研究所のサービス案内でも、「次期リーダー、後継者が育たない」というお困りごととして、次の3つを挙げています。
よくあるご相談
- 管理職がプレイングマネージャー化して手一杯
- 社長の意図を汲んで動ける「右腕」がいない
- 「指示待ち」が多く、自分で考えて動く社員が少ない
「プレイングマネージャー化」は、管理職までの育成で止まる「壁②」に当たります。「右腕がいない」は、誰を育てるか決めていない「壁①」か、判断を手放せない「壁③」のどちらかです。「指示待ち」は、判断を任せる場がない「壁③」の表れです。どれも「誰かが育てば解決する」ように見えて、実際には壁のどこかで止まっています。
後継者・幹部候補が育たないというご相談を、村上経営研究所ではこのように整理しています。ご自身の会社がどの壁にいるかを見る材料にしてください。
経営人材が育つ進め方|経営者が行う5つのステップ

ここからは、経営者が自分で進められる5つのステップをお伝えします。特別な制度は要りません。どれも、明日からの仕事の中で始められることです。
ステップ1 求める経営人材像を自分の言葉にする
最初に行うのは、「どんな人に会社を任せたいか」を自分の言葉で書き出すことです。書くのは、判断の場面で何を大切にしてほしいか、という中身です。
- お客様との約束を、自分の損得より先に守れる人
- 数字が悪いときに、社員のせいにせず自分の判断を振り返れる人
- 分からないことを「分からない」と言い、人に聞ける人
- 目の前の売上と、5年後の会社の姿を両方見て決められる人
書き出してみると、社長自身が何を大切にして経営してきたかが見えてきます。この言葉が、候補者を選ぶ基準にも、後の対話の軸にもなります。
ステップ2 候補者を決め、期待していることを本人に伝える
人材像が言葉になったら、候補者を決めて、本人に期待を伝えます。「いずれ会社を任せたいと思っている」「そのために、これから任せる仕事を変えていく」と、率直に話します。伝えないまま仕事だけを増やすと、本人には「負担が増えた」としか映りません。期待を伝えられて初めて、本人は経営者の視点で仕事を見始めます。
本人が戸惑ったり、断ったりすることもあります。それも大切な情報です。何が不安なのかを聞くところから、育成は始まります。
ステップ3 判断を任せる範囲を段階的に広げる
壁③でお伝えしたとおり、経営人材は判断の経験で育ちます。いきなり大きな判断を任せる必要はなく、範囲を段階的に広げます。
| 段階 | 任せる判断の例 | 経営者の関わり |
|---|---|---|
| 第1段階 | 自部門の人員配置、備品や小口の支出 | 結果を聞き、理由を確かめる |
| 第2段階 | 取引先との条件交渉、採用の一次判断 | 判断の前に相談を受け、決めるのは本人 |
| 第3段階 | 部門をまたぐ課題の調整、設備投資の起案 | 会社全体への影響を一緒に考える |
| 第4段階 | 年度方針の一部、新しい取り組みの可否 | 最終責任は社長が持ち、判断は本人に委ねる |
大切なのは、任せた判断の結果を本人に引き受けさせることです。失敗したときに社長が黙って尻ぬぐいをすると、本人は「決めたつもり」のまま終わります。取り返しのつく範囲で失敗させ、その後始末まで経験させる。それが、会社全体の結果に責任を持つ感覚を育てます。
ステップ4 経営者との対話の時間を定期的に持つ
任せる範囲を広げるのと並行して、社長と候補者が話す時間を定期的に持ちます。月に1回、1時間でも構いません。業務報告と同じ場で行うと数字の話に流れてしまうため、別の時間として取ります。
話す内容は、「あの判断をなぜそうしたのか」「社長ならどう考えるか」「今、何に迷っているか」。この時間は、社長と候補者が判断の基準をすり合わせる場です。社長がなぜその決断をしてきたのか、何を大切にしてきたのかは、対話でしか伝わりません。この時間が、会社の価値観を引き継ぐ場になります。
ステップ5 行動の変化を確かめ、次の課題を決める
半年から1年ごとに、候補者の行動がどう変わったかを確かめます。見るのは、判断の仕方と、周囲への関わり方の2点です。「自部門の都合より会社全体を優先する場面が増えたか」「社員から相談される回数が増えたか」「悪い報告を自分から上げるようになったか」。こうした変化を、社長の目と、周囲の社員の声で確かめます。
変化が見えたら、任せる範囲を次の段階へ広げます。見えなければ、任せ方か対話の中身を見直します。これを繰り返すことが、育成計画そのものです。壁④の「研修に出して終わり」も、この確かめる工程があれば防げます。
社内で育てることと、社外の場を使うことの使い分け

5つのステップの多くは社内で進められますが、社内だけでは得られない経験もあります。何を社内で行い、何を社外の場に求めるかを分けて考えると、研修への投資が生きます。
社内でしかできないこと
- 実務の判断を任せること:自社のお客様、社員、数字を相手に判断し、結果を引き受ける経験は、社内でしか積めません
- 経営者との対話:社長が何を大切にして決めてきたかは、本人と話す以外に知る方法がありません
- 自社の価値観を引き継ぐこと:創業の経緯、お客様との歴史、大切にしてきた約束。これらは外部の講師には教えられません
社外の場が向いていること
一方で、社内には「同じ立場の人」がいません。後継者や幹部候補が自分の考え方の癖に気づき、経営者としての視点を持つには、社外の場が向いています。
| 得られる経験 | 向いている段階 | |
|---|---|---|
| 社内 | 自社での判断と結果の引き受け、経営者との対話、価値観の継承 | 候補者を決めた直後から、継続して |
| 社外 | 他社の経営者・後継者との討論、自分の癖への気づき、経営者としての覚悟 | 任せる範囲を広げ始めた段階、後継の時期が見えてきた段階 |
社内で「社長の後継者」として見られている人ほど、本音で議論する相手がいません。利害関係のない他社の経営者と徹底して話す経験は、社内では用意できないものです。
研修やスクールを選ぶときの3つの確認点
社外の場を選ぶときは、次の3点を確かめてください。
- 対象が経営者・後継者・候補者か:管理職向けの研修では、部門を運営する力は身についても、会社全体を引き受ける視点までは扱われないことがあります
- 知識を聞く形式か、自分で考えて討論する形式か:判断の力は、講義を聞くだけでは変わりません。自分の考えを出し、人とぶつけ、振り返る場かどうかを見ます
- 受講後に現場で試す前提があるか:一度の受講で完結する設計より、現場で実践して振り返る流れがある方が、行動の変化が続きます
経営者・後継者・候補者を対象とした合宿型の訓練の内容は、MIP-DMP訓練のご案内でご覧いただけます。
後継者・幹部候補が「経営者として」変わる場とは

社外の場で後継者・幹部候補が変わるのは、知識が増えたときではありません。自分が何を大切にして判断しているかに気づき、経営者としての覚悟を自分の言葉で持てたときです。
知識より先に「自分は何を大切にしているか」を問う
村上経営研究所では、経営の知識や手法を学ぶ前に、土台を整えることを重視しています。土台とは、「自分は何を大切にしているのか」「なぜその判断をするのか」「どのように人や組織と関わるのか」という問いへの、自分なりの答えです。知識を知っているだけでは、現場は変わりません。後継者や幹部候補が自分の判断の基準を持てたとき、社長から任された判断にも、自分の言葉で責任を持てるようになります。
人材育成や組織づくりに、ひとつの正解はありません。だからこそ、本人が自分で考え、選び、結果を引き受ける力を先に育てます。
合宿・討論型の訓練で起きる変化
村上経営研究所のMIP-DMP訓練は、講師が一方的に教える研修ではありません。問題に対して、まず解説なしで自分の答えを出し、他の受講者と徹底して討論し、その後に解説を聞く。この順番を繰り返します。
経営者コースの対象は、サービス案内の表記では「取締役以上の経営者層またはその候補者・後継者」で、4泊5日の合宿形式です。自分の考えを人とぶつけ、なぜそう考えたのかを問われ続ける中で、「やっているつもり」だった自分に気づく方が多くいらっしゃいます。
「これまでの自分がいかに『やっているつもり』だったかを痛感しました。知識ではなく、腹の底から納得できる体験でした。帰社後、社員との接し方が変わり、工場の雰囲気も明るくなりました。」
製造業 経営者(受講コース:経営者コース)
帰社後にまず変わるのは、社員との接し方です。後継者・候補者がこの変化を経験すると、社内で任された判断への向き合い方が変わります。訓練の進め方と受講者の声は、MIP-DMP訓練のページでご覧ください。
2代目・3代目が同じ立場の経営者と学ぶ場
後継者や2代目・3代目の経営者には、社内に同じ立場の相談相手がいません。先代と比べられる、社員に本音を言えない、判断に迷っても誰にも聞けない。こうした悩みは、同じ立場の人としか分かち合えないものです。
MK.Labビジネススクールは、2代目・3代目の経営者や後継者が、異業種の仲間と対話しながら自分の判断軸を整える場です。オンラインで全国から参加できる少人数制のスクールで、1年をかけて「自分で選び続ける力」を養います。
合宿型の訓練で自分に向き合い、スクールで同じ立場の仲間と学び続ける。この2つを社内の育成と組み合わせると、候補者は経営者として自分の足で立ち始めます。MK.Labビジネススクールの詳細はこちらからご覧いただけます。
経営人材の育成でよくある質問

「幹部候補」と「経営人材」は同じ意味ですか?
重なる部分は大きいものの、同じではありません。幹部候補は「将来、役員や部門長になることが期待される人」を指し、経営人材は「会社全体の結果に責任を持って判断できる人」を指します。幹部候補を選んだだけでは、経営人材は育ちません。会社全体を見て判断する経験を積ませて初めて、幹部候補が経営人材になります。
経営人材の育成には何年くらいかかりますか?
一律の年数はありません。任せる判断の範囲をどれだけ早く広げられるかで変わります。
目安として、任せる範囲を4段階で広げるなら、1段階に半年から1年。全体では2年から4年を見ておくと無理がありません。後継の時期が決まっているなら、そこから逆算して、今どの段階にいるべきかを決めます。
候補者が1人しかいなくても育成計画は必要ですか?
必要です。候補者が1人だからこそ、計画が欠かせません。
複数の候補者がいれば、比較の中で育ち方が見えます。1人の場合は「いま何を任せ、次に何を任せるか」を意図的に決めないと、育成が社長の気分に左右されます。計画といっても、任せる範囲の段階と、対話の頻度を決めておくだけで十分です。
経営者に必要な力とは何ですか?
私たちは、代表挨拶でも掲げているとおり、「経営道は人間道、経営力は人間力である」と考えています。経営の力は、突き詰めれば人としての在り方で決まる、という考え方です。戦略や財務の知識は後から身につけられますが、判断の土台になる人間力と、自分の判断軸は、本人が自分と向き合う中でしか育ちません。後継者・幹部候補に何を学ばせるかを考えるときは、知識の前に、「自分は何を大切にして決めるのか」を言葉にできる状態を目指してください。
経営人材の育成・後継者育成なら「村上経営研究所」へ
後継者・幹部候補を経営人材として育てる取り組みは、社長一人で抱えると、日々の仕事の中で後回しになりがちです。村上経営研究所は、1975年の創業以来、中小企業の人材育成と組織づくりを支援し、1,000社以上の経営者とご縁をいただいてきました。代表の村上隆昭は、2代目経営者として会社を引き継いだ実体験を持っています。日本生産性本部認定経営コンサルタントとして、経営者・後継者の育成に携わっています。
後継者を決めたばかりの段階でも、任せ方に迷っている段階でも、まずは現状の整理からお手伝いします。「誰を、どう育てるか」を一緒に言葉にするところから始めませんか。
まとめ
経営人材の育成とは、会社全体の結果に責任を持ち、方針を決めて実行を導く人を育てることです。中小企業では、後継者・役員・幹部候補がその対象にあたり、育てる側は社長自身です。育たない会社には、4つの壁があります。「誰を育てるか決めていない」「管理職までの育成で止まっている」「社長が判断を手放せない」「研修に出して終わり」の4つです。
進め方は、人材像を言葉にする、候補者に期待を伝える、任せる範囲を広げる、対話の時間を持つ、変化を確かめる、の5つです。社内で判断の経験と価値観を引き継ぎ、社外の場で同じ立場の仲間と自分に向き合う。この組み合わせが、後継者・候補者を経営者として育てます。まずは、「誰に、何を任せたいか」を一枚の紙に書き出すことから始めてみてください。

